原始・古代の八潮

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目次

水辺での生活の始まり

 八潮市域は古くは奥東京湾と呼ばれる遠浅の海であったが、関東平野の隆起や河川が運んできた土砂の堆積などで2,000年前頃までには陸地となった。中川綾瀬川が流れ込み、湿地が広がる市域では、川の流路沿いに形成された自然堤防と呼ばれる微高地に人々が住み、湿地を開墾して生活をしていた。市域に人々が住み始めた時期は明らかではないが、氷川神社遺跡から古墳時代前期(約1,700年前)の土器が採取されていることなどから、その頃には人々が生活を営んでいた可能性が考えられる。
 現在、市域で最も古く人々の生活の痕跡が確認できる八條遺跡では、平安時代の9世紀中頃から後半にかけての住居跡が確認でき、そこから出土した須恵器〔すえき〕や土師器〔はじき〕、官人の服装を飾っていた腰帯具〔ようたいぐ〕などは、当時のこの地域の人々の暮らしを物語る。

※『八潮市の文化財ガイド』「八潮の歴史」の「水辺での生活の始まり<原始・古代>」による。

時代区分の「古代」

 「古代」は、「原始」の後、「中世」の前。
 『れきナビ』(本サイト)における古代の定義は、『八潮市史 通史編1』を踏襲している。

  • 古代の始期:大和朝廷による関東制圧の及んだ4世紀。
  • 古代の終期:12世紀末の院政期。

参考文献・ホームページ

関連項目

☆このページの令和元年(2019年)5月25日版(「原始・古代」)はこちら
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