大曽根豊田篤信家文書ほか

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 大曽根豊田篤信家文書ほか〔おおそねとよだあつのぶけもんじょほか〕は、大曽根村の名主であった豊田家(佐五右衛門〔さごえもん〕家)に伝わった文書。八潮市立資料館収蔵。

※大曽根村について→「大曽根」「近世の八潮」「大字・町名

凡例

  • 【常展】=資料館常設展示
  • Kaisetsu.gif=解説(一部は翻刻付)があるページへリンク
  • DA.gif=「八潮市立資料館デジタルアーカイブ」(資料詳細画面)へリンク
  • 画像の出典は、ファイルページ(画像をクリックすると開くページ)に記載。

目次

大曽根村名主豊田佐五右衛門家に伝わった文書(資料館収蔵)の概要一覧表

文書群名 点数 受入区分
大曽根豊田篤信家文書 539点 寄託または寄贈
大曽根村文書(豊田家文書) 368点 寄贈
南後谷藤波彰家文書B(大曽根豊田家文書) 230点 寄贈
越谷市大沢遠藤忠家文書B(大曽根豊田家文書) 47点 寄贈
1,184点

豊田篤信家(大曽根村名主豊田佐五右衛門家)

 豊田篤信家の近世後期から明治期の当主は、代々「佐五右衛門」を名乗っていたようである。寛政6年(1794年)当時、佐五右衛門は大曽根村の組頭であった(名主は豊田専蔵)。文政11年(1828年)に名主となり、明治初年には大曽根村の副戸長・戸長に就任している。同家は、複数の送り質屋を配下に置く元質屋であり、下肥商人でもあった。久治郎(佐五右衛門、庸隆)は、西袋村小澤豊功〔とよかつ〕の寺子屋尚古堂〔しょうこどう〕の門人である。
 【豊田友三】明治29年(1896年)生まれ。台湾の製糖工場(帝国製糖株式会社)での勤務や八幡村の助役を経て、昭和15年(1940年)から昭和21年(1946年)まで八幡村長を務めた。

豊田佐五右衛門の名主就任と村方書類の引継

 文政11年(1828年)、大曽根村の名主は、嘉左衛門から豊田佐五右衛門に交代した。これに伴い、嘉左衛門が保管していた村方書類が、村役人立会いのもと佐五右衛門へ引き渡され、地頭役所(領主である旗本森川家)に報告された引継文書の目録が残されている(DA.gif)。目録によると、引継文書の内容は土地・年貢関係が主で、具体的には検地帳10冊、年貢割付状〔わりつけじょう〕112本、年貢皆済目録〔かいさいもくろく〕10冊、宗門人別帳〔しゅうもんにんべつちょう〕18冊などである。

『れきナビ』(本サイト)の豊田篤信家文書ほか画像

「八潮市立資料館デジタルアーカイブ」(大曽根村文書)

 大曽根村文書については、「八潮市立資料館デジタルアーカイブ」で目録情報の検索と画像の閲覧ができる。
DA-banner.jpg(古文書の検索画面へリンク)

※目録情報のみで画像を閲覧することはできない文書もある。
※以下は画像閲覧ができる文書の一部(上記と重複しないもの)。
  • 文化6年(1809年) 船書入〔かきいれ〕金子借用証文 DA.gif
※船を抵当に入れた借金証文。
  • 文政10年(1827年)頃 葛西用水大曽根村分水絵図 DA.gif 
  • 文政13年(1830年) 地頭病気につき大曽根村八幡宮にて護摩執行願 DA.gif
  • 天保13年(1842年) 御備金拝借証文 DA.gif 
  • 天保15年(1844年) 名主退役願却下につき申渡 DA.gif
  • 天保15年(1844年) 地頭所奉公人請状 DA.gif
  • 嘉永6年(1853年) 旱魃〔かんばつ〕につき年貢米拝借願 DA.gif
  • 嘉永7年(1854年) 異国船渡来御用人足につき嘆願書 DA.gif
  • 元治元年(1864年) 兵糧方下役の者差出免除願 DA.gif

参考文献・ホームページ

八潮市立資料館刊行物・収蔵文書など

※以上は関連する展示の一部。
  • 解説付文書目録(未刊)
    • 『近世史料調査報告12 大曽根 豊田篤信家文書目録(寄託)』(八潮市史編さん室、1979年)
  • 資料館収蔵文書
    • 寄託 大瀬高橋義一家文書2615(複製本CH1759)
    • 【常展】 西袋小澤平吉家文書11(CH1266)

その他

関連項目

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