稲荷前
稲荷前〔いなりまえ〕は、『八潮町八條全図』に見える地名。現在の八潮市大字新町の北部に位置し、もとは草加市に属していたと推定される。
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地図
- ※注意(脚注参照)[1]
- ※その他の地図→「地図・絵図・航空写真にみる八潮周辺の変遷」参照
近世の絵図にみる「稲荷前」付近
延宝8年(1680年)八條領絵図によると、八條用水と葛西用水に挟まれた現在の新町・草加市付近には、柿木村・青柳村・立野堀村(のちの稲荷町)・伊草村・松之木村・小作田村の「入会田」が記載されている。
天保9年(1838)八條村絵図(『八潮市史 史料編 近世2』史料82)などの村絵図を見ると、現在の新町・草加市付近には、村々の入会地が存在する。
八潮町・草加市境界変更と「稲荷前」
昭和42年(1967年)6月1日、八潮町と草加市の境界が変更された。八潮町に編入された区域の旧地名は、草加市稲荷町字用水東、青柳町字大広戸、柿木町字山東・山西である。
- ※境界変更の詳細は「新町」参照
『八潮町八條全図』にみる「稲荷前」
昭和42年(1967年)『八潮町八條全図』によると、「稲荷前」は、八條用水の西側、草加市との境に位置する。周辺は「稲荷前」と大字八條・小作田・松之木・伊草の地が入り組んでいる。
『八潮町八條全図』には草加市との境界変更が反映されていて、「稲荷前」は旧草加市と推定される。
大字新町の成立と「稲荷前」
昭和43年(1968年)9月1日、大字新町が成立し、「稲荷前」の地は新町となり、新町となった区域の小字は廃止された。
埼玉県告示には、新町を設置する区域の地名が挙げられており、大字稲荷町字用水東、大字青柳町字大広戸、大字柿木町字山東・山西が旧草加市に相当するが、「稲荷前」という地名は見えない。
参考 『八潮町八條全図』(分割図)の「立野堀」(現新町南部)
『八潮町八條全図』の分割図によると、現新町南部の草加市境の地には、「立野堀」と記載されている区画が存在し、地番は827~830である。
- ※『八潮町八條全図』は、全体図の記載と分割図の記載が一致しない場合がある。該当箇所は、全体図によると、大字松之木として示されている。
立野堀は、稲荷町の旧称である。境界変更の自治省告示によると、草加市稲荷町字用水東827の2・828・829・830の2~4が八潮町に編入されている。この地が『八潮町八條全図』(分割図)の「立野堀」に該当すると推定される。
参考文献・ウェブサイト
八潮市立資料館の刊行物など
- 展示パンフレットなど
- 『第53回企画展 紐解く八潮のモノ語り―今遺したい昔話・伝承―』(2025年)
- 『第54回企画展 昭和時代の八潮』(2026年)
- 八潮市史編さん物
- 『八潮市史 史料編 近世2』(八潮市役所、1987年)史料82・95・96・105
- 資料館収蔵文書
- 小澤家絵図画像(原本個人蔵)
その他
- 丸山清編『八潮町八條全図』(東日本測図社、1967年)
- 『埼玉県市町村誌 第2巻』(埼玉県教育委員会、1972年)156、161ページ
- 『埼玉県市町村誌 第17巻』(埼玉県教育委員会、1979年)240~242ページ
- 昭和42年(1967年)5月18日自治省告示第100号「市町の境界変更」(『官報』第12124号)
- 昭和43年(1968年)8月31日埼玉県告示第755号「南埼玉郡八潮町における字の区域変更及び町の設置」(『埼玉県報』号外)