農間余業

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 農間余業〔のうかんよぎょう〕は、近世の農民が耕作の合間に行った賃稼ぎの労働や商売。農村地帯であった近世の八潮市域には農業一派渡世(専業農家)が多かったが、様々な商人や職人もいた。

※明治8年(1875年)頃の八潮市域の村々について、『武蔵国郡村誌〔むさしのくにぐんそんし〕』の「民業」には、農業(農耕)を専らとすると記載。
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目次

八潮市域の農間余業の概要

※下記の表に示したデータなどによる。

市域全体

  • 文政12年(1829年)の農間余業調査によると、八潮市域(古新田除く19か村)の家数約1,000軒のうち約250軒(4分の1)が農間商い・諸職人。農間商い・諸職人の比率が最も高い村は41パーセントの柳之宮村。最低は4パーセント(1軒)の上馬場村
  • 同調査によると、居酒屋は16か村に計45軒、質屋は11か村に計18軒、髪結は10か村に計13軒、湯屋は八條村に1軒あった(古新田以外)。
  • 酒屋は、古新田にもあり、食品・雑貨も扱っていた。八條村には酒造商売人がいた。
  • 質屋は、他の業種との兼業が多い。
  • その他の商人は、雑貨屋・豆腐屋・飴〔あめ〕菓子商などがいた。
  • 職人(手工業者)は、紙漉〔かみすき〕・綿打・大工(船大工なども)・屋根屋・瓦屋・鍛冶屋・桶屋〔おけや〕・杣〔そま〕(きこり)などがいた。
  • 江戸から下肥を運ぶ舟運に従事する者が多数いた(農間余業調査の史料には明記されていない)。木曽根村には下肥売捌〔うりさばき〕人がいた。肥料関係では、干鰯〔ほしか〕商なども存在。
  • 医師や馬医もいた。

八條村

※八條村は、市域最大の村で交通の要衝。
  • 文政12年(1829年)の調査によると、八條村の家数166軒のうち66軒(4割)が農間商い・諸職人。市域全体(古新田除く)の農間商い・諸職人軒数の4分の1に相当。
  • 業種は多岐にわたり、酒屋・質屋・雑貨屋・米屋・担ぎ商・紺屋・紙漉・綿打・大工・屋根屋・畳屋・鍛冶屋・桶屋・下駄〔げた〕屋・髪結・湯屋・船持・渡船(村持)・医師・馬医などがいた。
※文政6年(1823年)の「遊歴雑記」には、酒楼(酒を出す料理屋) 「太田屋」があって銭湯・髪結所などが軒を連ねていた八條村のにぎわいが描写されている(詳細はこちら)。
※太田屋(太田家)については、八潮市ホームページの「市内の指定文化財」に掲載されている「太田家住宅・蔵」(PDF)参照(こちら)。下記「農間余業調査にみる太田屋」も参照

藍染めと白玉粉

  • 藍染めと白玉粉は、八潮の地場産業(特産品)。
  • 藍染め関係は、寛政6年(1794年)の農間余業調査の史料がある村については、小作田村大瀬村大曽根村に紺屋が各1軒、古新田に布晒〔ぬのざらし〕が1軒、鶴ケ曽根村に藍商売が1軒記載されている。その他の村については、天保7年(1836年)の調査によると、八條村に紺屋が2軒あった。
※藍染めについては、八潮市ホームページの「市内の指定文化財」に掲載されている「長板中型」(PDF)参照(こちら)
  • 市域における白玉粉の生産は、伊勢野村の峯岸利左衛門〔みねぎしりざえもん〕(種利商店)により天保2年(1831年)に始まったとされる。峯岸家は、代々菓子種を商っていたといわれる。
※文政8年(1825年)の農間余業調査によると、伊勢野村に「菓子種 伝助跡茂吉」の記載がある。ちなみに、寛政6年(1794年)の調査によると、伝助は古着商売。

文政12年(1829年) 八潮市域(古新田除く19か村)の諸商人調の概要一覧表

村名 石高
(村高)
人口 家数 農業一派渡世(専業農家) 農間商い
諸職人
居酒屋 髪結 湯屋 質屋
八條村 1,451.852石 856人 166軒 100軒(60%) 66軒 6軒 3軒 1軒 3軒
鶴ケ曽根村 835.036石 374人 75軒 54軒(72%) 21軒 6軒 1軒 0軒 1軒
小作田村 322.786石 223人 41軒 25軒(61%) 14軒 1軒 1軒 0軒 2軒
松之木村 175.929石 130人 21軒 15軒(71%) 6軒 2軒 1軒 0軒 1軒
伊草村 258.740石 209人 30軒 26軒(87%) 4軒 1軒 0軒 0軒 0軒
二町目村 505.025石 426人 80軒 63軒(79%) 17軒 4軒 1軒 0軒 0軒
木曽根村 692.905石 485人 85軒 67軒(79%) 18軒 5軒 1軒 0軒 0軒
川崎村 458.899石 258人 52軒 47軒(90%) 5軒 1軒 0軒 0軒 0軒
伊勢野村 188.768石 185人 34軒 28軒(82%) 6軒 3軒 1軒 0軒 0軒
大瀬村 531.623石 395人 76軒 48軒(63%) 28軒 4軒 1軒 0軒 2軒
垳村 203.150石 83人 22軒 18軒(82%) 4軒 0軒 0軒 0軒 0軒
上馬場村 212.964石 144人 26軒 25軒(96%) 1軒 1軒 0軒 0軒 0軒
中馬場村 264.589石 258人 47軒 44軒(94%) 3軒 2軒 0軒 0軒 1軒
大原村 299.429石 316人 54軒 42軒(78%) 12軒 2軒 1軒 0軒 2軒
大曽根村 603.520石 488人 87軒 74軒(85%) 13軒 4軒 0軒 0軒 3軒
浮塚村 269.619石 232人 42軒 38軒(90%) 4軒 2軒 0軒 0軒 1軒
西袋村 240.961石 336人 55軒 41軒(75%) 14軒 0軒 2軒 0軒 1軒
柳之宮村 104.369石 112人 17軒 10軒(59%) 7軒 1軒 0軒 0軒 0軒
後谷村 275.637石 162人 24軒 21軒(88%) 3軒 0軒 0軒 0軒 1軒
7,895.801石 5,672人 1,034軒 786軒(76%) 246軒 45軒 13軒 1軒 18軒

注 

  • 文政12年(1829年)「文政十二御改革ニ付八条領諸商人調」(西袋小澤平吉家文書11、翻刻は『八潮市史 史料編 近世1』史料115 、資料館常設展示資料)より作成。
  • 古新田の記載は欠落。
  • 大曽根村のうち大曽根新田は、7.073石・34人・5軒で農業一派渡世のみ。
  • 八條領全体の表は、『八潮市史 通史編1』987~988ページに掲載。

八潮市域20か村の農間余業一覧表

寛政6年(1794年) 12か村(小作田村など)

村名 商人や職人
小作田村 1居酒・酢・醤油〔しょうゆ〕・味噌〔みそ〕・小割真木・質・穀物・反物・蕎麦〔そば〕・豆腐・その他品々、2往来髪結、3漉紙・質・鍋釜商、4質・穀物、5質物・荒物、6紺屋、7~10飴菓子、11濁酒、12大工、13桶屋、15・16紙漉
木曽根村 1~4酒・酢・醤油・塩・煙草〔たばこ〕・紙類・塩魚・抹香・線香・飴菓子・豆腐・草履・草鞋・下駄・糸・針・苧〔からむし〕類小売(3は太物類も)、5・6屋根屋、7・8真木伐り、9下肥売捌人、10・11質商売、12馬商売、13・14木綿打、15紙商売・古着、16馬医、17髪結、18飴菓子売
川崎村 1・2草履・草鞋・その他荒物商売、3家大工〔やだいく〕、4箍〔たが〕大工
伊勢野村 1~3居酒・酢・醤油・水油・蝋燭・草履・草鞋・飴菓子・線香・抹香・鉢・布物等、4髪結、5杣、6古着商売
大瀬村 1居酒・酢・醤油・水油・草履・草鞋・飴菓子・線香・抹香・紙・蝋燭、2濁酒・水菓子、3居酒・酢・醤油・飴菓子・草履・草鞋、4豆腐屋、5飴菓子・線香・抹香・紙・蝋燭・質屋、7紺屋、8飴菓子、9鍛冶屋、10・11飴菓子担ぎ商、12・13家大工外、13・14建具屋、15~17屋根屋、18~27綿商売、28髪結
古新田 1酒・酢・醤油・塩・煙草・油・草履・草鞋・線香・抹香、2飴菓子・草履・草鞋、3付木商売、4布晒、5屋根葺〔ふき〕、6大工
垳村 1紙・線香・抹香・飴菓子・草履・下駄・足駄、2・3紙漉、4船大工
上馬場村 1酒・酢・醤油・草履・草鞋類
中馬場村 1酒・酢・醤油・水油・紙・その他荒物商売、2飴菓子類、3酒・酢・醤油・飴菓子・草履・草鞋
大曽根村 1酒・醤油・紙・蝋燭・草鞋、2酒・酢・醤油・油・塩・紙・茶碗・蝋燭・手拭地、3酒・酢・醤油・紙・蝋燭・草鞋、4濁酒・酢・醤油・菓子、5紺屋、6酒・酢・醤油・塩・紙・油・元結・草履・草鞋・煙草・下駄、7菓子・水菓子、8大工・菓子商、9・10大工、11質物商売、12・13箍屋
浮塚村 1煮売酒屋・油・醤油・草履・草鞋・飴菓子・線香・抹香等、2草履・草鞋・飴菓子等、3傘〔かさ〕、4杣
西袋村 1・2線香・抹香・飴菓子・元結・油・紙類・草履・草鞋・その他品々(2は質物取も)、3・4髪結、5・6紙漉、7石工〔いしく〕、8大工、9・10綿打、11下駄屋、12杣

  • 西袋村以外は「商売家寛政六寅年〔とらのとし〕写」(大瀬高橋義一家文書2615)、西袋村は寛政6年(1794年)農間渡世書上(寛政5年〈1793年〉~「御拳場内村々商売家御改」、西袋小澤平吉家文書5、翻刻は『八潮市史 史料編 近世1』史料114)より作成。
※「商売家寛政六寅年写」は、寛政6年(1794年)当時の内容と、後年の調査時の内容が混在している。
  • 商人や職人は、村別に史料の記載順に番号を付けて示し、人名は省略した(以下の2表も同)。

文政8年(1825年) 大原村

村名 商人や職人
大原村 1酒・酢・醤油・塩・煙草・荒物・紙・草履・水油・木綿類、2材木・針・荒物・小間物・打綿、3鍋釜・足袋類、4・5雑穀碾割〔ひきわり〕、6下げ質、7髪結、8酒・酢・醤油・質・菓子

  • 文政8年(1825年)「諸商売家書上帳」(大瀬高橋義一家文書2616)より作成。
  • 史料には寛政6年(1794年)の表のうち西袋村以外の11か村も記載されている。
  • 西袋村の文政8年(1825年)「商売家書上帳」は、「御拳場内村々商売家御改」(前掲)所収。

天保7年(1836年) 7か村(八條村など)

村名 商人や職人
八條村 1・2煮売酒屋 酒・酢・醤油・草履・草鞋・紙類・線香・抹香・蕎麦・豆腐・油揚・蝋燭・油・その他品々(1は太田屋)、3小売酒屋 酢・醤油・草履・草鞋・豆腐・油揚・その他品々、4小売酒屋 酒・酢・醤油・草履・草鞋・下駄・線香・抹香、5小売酒屋 酒・酢・醤油・草履・草鞋・その他荒物品々・質屋、6酒・酢・醤油・元結・煙草・小間物類・その他品々・質・反物類商売、7酒造商売、8質商売、9油締・質商売 材木・紙類・草履・草鞋・下駄・足駄・線香・抹香・塩・手拭・その他品々、10油小売 草履・草鞋・下駄・足駄・紙類・線香・抹香、11白米・大豆・小豆小売、12質商売 草履・草鞋・下駄・足駄・線香・抹香・煙草・塩・煙管〔きせる〕・煙草入・その他品々、13質商売 白米・草履・草鞋・紙類・蝋燭・煙草・飴菓子・その他品々、14質・白米・草履・草鞋・飴菓子・線香・抹香・紙類、15飴菓子・草履・草鞋・線香・抹香、16飴菓子・草履・草鞋、17草履・草鞋・線香・抹香・紙類・茶・その他品々、18石屋、19~21大工、22~24鍛冶屋、25杣、26木挽〔こびき〕・質商売、27・28下駄屋、29~32桶屋、33~35綿打、36~39医師、40~42屋根屋、43~45船持、46馬医 飴菓子・草履・紙類・品々、47~49髪結、50湯屋、51渡船村持、52・53紺屋、54担ぎ商煙草・魚類、55担ぎ商煙草・青物・下駄屋、56担ぎ商煙草・魚類・古鉄、57酢・醤油・元結・煙草・小間物類・荒物・質屋・反物商売、58~62臼くり(刳?)・質屋・飴菓子品々、63~67紙漉、68馬喰〔ばくろう〕、69馬喰・飴菓子・草履・草鞋・豆腐・油揚商売、70畳屋・飴菓子・水菓子・その他品々、71飴菓子・水菓子・豆腐・油揚その他品々
鶴ケ曽根村 1酒・酢・醤油・地紙仕切・線香・抹香・木綿類・足袋仕立・桶類・小間物・飴菓子・材木・煙草・草履・草鞋・荒物・豆腐・蝋燭・干物、2・3酒・酢・醤油・煙草・飴菓子・質物・塩・草履・草鞋、4飴菓子・草履・草鞋・質物、5飴菓子・草履・草鞋、6酒・醤油・煙草・草鞋・飴菓子・質物、7酒・酢・醤油・飴菓子・草履・草鞋、8豆腐、9~11酒・酢・醤油・飴菓子・草履・草鞋、12~16大工、17・18桶屋、19~22杣、23~32紙漉、33藍商売、34・35髪結
松之木村 1酒・酢・醤油・線香・抹香・草履・草鞋・反物・飴菓子・付木・その他品々、2豆腐屋、3酒・酢・醤油・元結・油・紙・蝋燭・草履・草鞋・その他品々、4木挽、5酒・酢・醤油・紙類・線香・抹香・草履・草鞋・その他荒物・質屋、6髪結
伊草村 1酒・酢・醤油・豆腐・線香・抹香・質・反物・飴菓子・その他品々、2大工、3酒・酢・醤油・線香・抹香・豆腐・飴菓子・荒物・その他品々、4質・荒物、5紙漉、6担ぎ商
二町目村 1鍋釜・干鰯・紙漉中売・送り質渡世、2刻煙草渡世、3粉挽〔こなひき〕・荒物商売、4荒物・小間物・塩物品々商売、5塩物・その他商売、6干鰯商売、7菓果物、8瓦屋・送り質・酒・醤油・荒物商売、9鍋釜・その他商売、10菓果物、11髪結渡世、12瓦屋、13~15居酒・荒物・小間物商売、16~19紙漉
柳之宮村 1酒・酢・醤油・紙・煙草・足袋・手拭・線香・抹香・草履・草鞋・荒物類・材木商売、2濁酒・豆腐・草履・草鞋商売、3飴菓子商売、4髪結、5屋根屋、6~8紙漉、9瓦屋
後谷村 1莚・縄・油・酢・醤油・線香・抹香・蝋燭・草履・草鞋等商売、2酢・醤油・草履・草鞋・紙・煙草等商売・質屋、3油締商売

  • 天保7年(1836年)「商売家諸職人取調書上帳」(「御拳場内村々商売家御改」〈前掲〉)より作成。
  • 史料には西袋村も記載されている。
  • 休業中や病死も含まれる。

その他の主要な業種(品名)

村名 業種(品名) 備考
伊勢野村 菓子種 出典は文政8年(1825年)「諸商売家書上帳」(前掲)
白玉粉 天保2年(1831年)生産開始とされる
西袋村 四文落雁〔らくがん〕・塩煎餅 出典は天保9年(1838年)「食物商売御糺〔ただし〕書上帳」(「御拳場内村々商売家御改」〈前掲〉)。菓子小売の品名
大原村 茶漬飯 出典は天保14年(1843年)「関八州農間渡世向名前書上帳」(西袋小澤平吉家文書8、翻刻は『八潮市史 史料編 近世1』史料120)。「茶漬飯・煮売・煙草類」と記載
大瀬村 農間下肥舟乗渡世 出典は明治4年(1871年)「御鑑札頂戴願控」(『八潮市史 史料編 近代1』史料31) 

  • 上記三つの表に登場しない農間余業の業種(品名)について、主要なものを示した。

農間余業調査にみる太田屋

 太田屋については、農間余業調査の各史料に次の通り記載されている。

  • 文政12年(1829年)

六拾四ヶ年以前戌年〔いぬのとし〕より
  同断(居酒渡世)          同(百姓) 彦八

※出典は「文政十二御改革ニ付八条領諸商人調」(前掲)。
※64か年以前戌年=明和3年(1766年)
  • 天保7年(1836年)

一煮売酒屋            彦八
但シ酒・酢・醤油・草履・草鞋・紙類・線香・抹香・蕎麦并〔ならびに〕豆腐・油揚・蝋燭・油・其外品々

※出典は「商売家諸職人取調書上帳」(前掲)。
  • 天保14年(1843年)

 一農間壱膳飯・醤油・草履・草鞋・豆腐・油揚・〆粕〔しめかす〕肥・升酒商渡世
 (中略)
                   百姓彦八
 右之者共農間居酒飯煮売渡世前々より仕来り候(後略)

※出典は天保14年(1843年)八條村升売酒許可願(「関八州農間渡世向名前書上帳」〈前掲〉)。今後居酒は行わないと誓約している。
※明治8年(1875年)「職分総計」(『八潮市史 史料編 近代1』史料78)によると、太田彦八は「米穀・〆粕渡世」。明治13年(1880年)「会社各商并雑種営業ノ者届書」(同史料133)によると、同人は「肥物屋」(仲買)。

「『れきナビ』講座:くずし字にチャレンジ! 農間余業」

 こちら

※「商売家寛政六寅年写」(前掲、抜粋)、飴菓子商株(営業権)の譲渡に関する史料、天保の改革期における湯屋・髪結床・酒食・小間物商など停止令の請書。

参考図

参考 『今様職人尽百人一首』

 『今様職人尽百人一首』(「国立国会図書館デジタルコレクション」へリンク)から、八潮市域の農間余業調査に登場する主な職人を紹介する。

参考文献・ホームページ

八潮市立資料館刊行物・収蔵文書

その他

  • 朝尾直弘・宇野俊一・田中琢[1]編『角川 新版 日本史辞典 第5版』(角川学芸出版部、2007年)834ページ
  • 稀書複製会編『今様職人尽百人一首』(米山堂、1928年)
  • 埼玉県編集発行『新編埼玉県史 通史編4 近世2』(1989年)第3章第1節3
  • 埼玉県編『武蔵国郡村誌 第11巻』(埼玉県立図書館、1954年)
  • 広報やしお』第80・82・128・129・155・239・488・545号 ※「郷土の歴史326 八潮の地名考4 八條の地名その4」のPDFはこちら、「郷土の歴史353 八潮の地名考28 大原の地名 その壱」のPDFはこちら
  • 『八潮の歴史さんぽ~行ってみよう! 八潮の遺跡や文化~』(八潮市史跡保存会、2020年)
  • 国立国会図書館ホームページ
  • 八潮市ホームページ

関連項目

  1. 田中琢の「琢」は、正しくは旧字体の「Taku.JPG」(Unicode:U+FA4A)です。この字は、オペレーションシステムなどの環境により正しく表示されない可能性があるため、本文では人名用漢字で表記しています。
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