上馬場濱野昭家文書

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 上馬場濱野昭家[1]文書〔かみばんばはまのあきらけもんじょ〕は、上馬場村(本田・本村)の名主であった濱野昭家に伝わった文書。八潮市立資料館寄託(約3,000点)。

※上馬場については、「上馬場」参照
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目次

濱野昭家

 上馬場(現中央)の濱野昭家は、中世には岩付(現さいたま市岩槻区)太田氏の家臣であったといわれ、近世には上馬場村の本田(本村)の名主を世襲した。初代(家祖・住祖)は大学忠秀〔ただひで〕(天文17年〈1548年〉~寛永12年〈1635年〉)。

※作右衛門新田〔さくえもんしんでん〕は、上馬場村の一部であったが、独自の名主がいた(上馬場村の名主は2名)。

濱野弥右衛門忠義

 濱野家13世弥右衛門忠義〔やえもんただよし〕は、文化14年(1817年)生、明治24年(1891年)没。嘉永7年(安政元年、1854年)、上馬場村の名主に就任した。明治初期には小菅県の触元役〔ふれもとやく〕、埼玉県第1区の戸長(のち副区長)、地租改正御用掛、後谷村立野堀村(現草加市)の戸長などを歴任した。西袋村小澤豊功〔とよかつ〕の寺子屋尚古堂〔しょうこどう〕の門人であり、自らも寺子屋を開いた。

忠義写真(左)の解説
 明治3年(1870年)3月、忠義は触元役に就任し、苗字(名字)御免となり、「平日袴〔はかま〕・割羽織〔さきばおり、わりばおり〕着用」を許可された(詳細はこちら)。その折の記念写真と伝えられる。写真には「勤王家濱野[   ](欠損)」「通称御一新様」と書かれている。

※小菅県・埼玉県辞令などの巻子(下記画像の埼玉県第1区副区長辞令の出典)→DA.gif 
※嘉永7年(安政元年、1854年)~明治11年(1878年) 忠義履歴→DA.gif
※明治22年(1889年) 忠義の事績を記した碑文→DA.gif

濱野昭家文書の検地帳(指定・登録文化財)

 濱野昭家文書の検地帳は、八潮市指定文化財および登録文化財となっている。

★詳細は「上馬場村検地帳」参照

『れきナビ』(本サイト)の濱野昭家文書画像

近世

近代

Hamanoke1949-2.jpg 明治5年(1872年) 小作田寺位置図 Kaisetsu.gif DA.gif

時代不明

「八潮市立資料館デジタルアーカイブ」

 濱野昭家文書の一部は、「八潮市立資料館デジタルアーカイブ」で目録の検索と画像の閲覧ができる。
DA-banner.jpg(「古文書」データベースの検索画面へリンク)

※目録のみで画像を閲覧することはできない文書もある。
※以下は画像閲覧ができる文書の一部(上記で紹介した文書と重複しないもの)。
  • 御割付〔わりつけ〕年代記 DA.gif
※慶長8年(1603年)から天明4年(1784年)までの年貢割付状と支配変遷の記録。天文3年(1534年)の上馬場村開発の記載もある。
  • 享保16年(1731年)に葛西用水組合に加入した15か村につき覚書 DA.gif
  • 安永2年(1773年) 葛西用水と八條用水入替承知につき連判状 DA.gif
  • 天保9年(1838年) 喰物〔くいもの〕商売書上帳 DA.gif
  • 明治5年(1872年) 西袋村他11か村副戸長等勤向番付 DA.gif 
  • 明治9年(1876年) 上馬場村地引絵図〔じびきえず〕 DA.gif
  • 明治12年(1879年) 下等小学第1級卒業免状 DA.gif
  • 明治12年(1879年) 改正地券(濱野弥右衛門宅地) DA.gif
  • 明治16年(1883年) 戸長役場備置帳簿目録 DA.gif 
※記載されているのは明治元年(1868年)以降の文書。戸長は濱野又蔵(濱野昭家ではない)。
  • (明治期)  濱野家伝来書類土用干につき念書 DA.gif

参考文献・ウェブサイト

八潮市立資料館の刊行物など

※以上は関連する展示の一部。
  • その他の資料館刊行物
  • 資料館収蔵文書
    • 寄託 上馬場濱野昭家文書
※上記以外には濱野昭家33・487・2774など。

その他

  • 小田真裕「市民と元職員の古文書サークル―八潮市「わくわく古文書クラブ」―」(『古文書研究』第90号、2020年)
  • 小野文雄監修『日本歴史地名大系 第11巻 埼玉県の地名』(平凡社、1993年)1053ページ
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会編『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』(角川書店、1980年)270ページ
  • 埼玉県編集発行『新編埼玉県史 通史編5 近代1』(1988年)54~56ページ
  • 埼玉県編集発行『新編埼玉県史 資料編19 近代・現代1 政治・行政1』(1983年)7ページ、資料25・26
  • 埼玉県教育委員会編『埼玉人物事典』(埼玉県、1998年)219、651~652ページ
  • 西沢淳男監修、川口市教育委員会文化財課編集・発行『歴史読本伊奈☆忠治 利根川・荒川を開発した代官』(2022年)
  • 藤方博之「上馬場新田地区に残る歴史的地名・史跡」(『八潮市郷土研究会紀要 跡標』18輯、2015年)
  • 『八潮市議会だより』No.110(2022年)
  • 『八潮の歴史さんぽ~行ってみよう! 八潮の遺跡や文化財~』(八潮市史跡保存会、2020年)
  • 広報やしお』第48・83・279・365・530・532号
    • 第83号掲載「新たに五点が市の文化財指定に」のPDF→こちら
    • 第530・532号「郷土の歴史346・347 八潮の地名考24・25 上馬場の地名 その壱・弐」のPDF→‎こちら 
  • 八潮市ホームページ「市内の指定文化財」

関連項目

☆このページの令和5年(2023年)6月1日版はこちら
☆このページの令和3年(2021年)5月13日版(初版)はこちら
  1. 濱野昭家の「濱」は、正しくは異体字の「Hama.jpg」(Unicode:U+6FF5)です。この字は、オペレーションシステムなどの環境により正しく表示されない可能性があるため、本文では正字体の「濱」(常用漢字は「浜」)で表記しています。
  2. 「濱野弥右衛門忠義」「濱野弥右衛門忠義追悼文」の画像について:資料所有者の掲載許可を得たうえで、『れきナビ』(本サイト)に掲載させていただいているものです。無断で転載・送信などしないでください。
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