近世の八潮

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 近世の八潮〔きんせいのやしお〕の概要は下記の通り。

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目次

時代区分の「近世」と江戸時代

 時代区分の「近世」と江戸時代の始期と終期については、『れきナビ』(本サイト)では『八潮市史 通史編1』に従い、次の通りとする。

  • 近世の始期=徳川家康が関東に入国した天正18年(1590年)。
  • 江戸時代の始期=徳川家康が征夷大将軍〔せいいたいしょうぐん〕に就任した慶長8年(1603年)。
  • 近世と江戸時代の終期=15代将軍徳川慶喜〔よしのぶ〕が大政奉還した慶応3年(1867年)。
※『八潮市史 通史編1』「『八潮市史』の編集」には、江戸幕府の崩壊に至る慶応4年(明治元年、1868年)までが近世とある。ただし、同書第4編「近世後期の八潮」が扱っているのは、慶応3年(1867年)まで。

新田開発と近世村落の成立

 近世、八潮市域には20の村(ほぼ旧大字に相当)があったが、その多くは1600年前後に成立したと伝えられている。徳川家康による天下統一後の平和が訪れたこの時代に、国内では大規模な土木工事が活発に行われた。沼沢地が点在した中川低地も幕府の新田開発政策のもとで開発が進み、市域周辺では八條用水や葛西用水の開削、綾瀬川の直道化や人工堤防の構築がなされ、豊かな耕作地が生まれた。
 市域の村では稲作中心の農業が営まれ、大消費地である江戸の近郊農村としてその食生活を支えていた。

※『八潮市の文化財ガイド(2019年版)』3ページ「新田開発と近世村落の成立<江戸時代>」より引用(一部改変)。

八條領・領主・鷹場

 近世の市域は、武蔵国〔むさしのくに〕埼玉郡八條領に属した。

※郡名は、初期には騎西郡〔きさいぐん〕。

 市域の領主は、元禄11年(1698年)以降、おおむね北部が幕領(代官支配地)、南部が旗本領(森川2家・幸田家)であった(一部は寺領)。
 江戸近郊に位置する市域は、将軍家の鷹場〔たかば〕(拳場〔こぶしば〕)であった。御三卿〔ごさんきょう〕清水家の御借場〔おかりば〕となった時期もあった。

※鷹場組合については、「八條領」参照

Enpo8-hachijoryoezu-honkoku.jpg延宝8年(1680年) 八條領絵図

※注意(脚注参照)[2]

Tenpo7-hachijoryoezu.jpg天保7年(1836年) 八條領絵図

水運と交通、産業の発達

 近世の物資輸送の中心は、安全かつ大量に物を運ぶことができる水運であり、綾瀬川や中川には、荷物の積み下ろしをする「河岸」が設けられ、荷物を積んだ川船が行き交い、にぎわいを見せていた。また、水運は、市域の村々に新たな産業の振興をもたらした。現在も地場産業として行われている染色業は、近世中頃から江戸町人の間に広まった浴衣の柄染め〔がらぞめ〕で、水運と密接に結びついて発展した。市域の染色業は、消費地の江戸と木綿生地の集積地岩槻との間に位置することや、稲作が主であるため農閑期の余剰労働力があること、作業に必要な水が豊富なことなどから、農家の副業として盛んになった。
 市域を南北に縦貫する道は、「下妻街道」「千住往来」と呼ばれてきた。この道は、日光道中の脇往還として、また物資の輸送路として人々に利用され、市内の大原村や八條村では人馬の継立も行われていた。当時の八條村のにぎわいについて、文政6年(1823年)頃ここを訪れた江戸の僧津田大浄〔だいじょう〕は、「片鄙〔へんぴ〕の一都会というべく、最〔いと〕賑〔にぎ〕やかなりけり」(「遊歴雑記」)として、酒楼・銭湯・髪結所などが軒を連ねる様を記している。

※『八潮市の文化財ガイド(2009年版)』3~4ページ「水運と交通、産業の発達<江戸時代>」より引用(一部改変)。
※「商工業」「農間余業」も参照

領主・石高・高請地反別・家数・人口一覧表(市域20か村、「八条領村鑑」)

凡例

  • 天保6年(1835年)「八条領村鑑」については、「八条領村鑑」参照
  • 村名の記載順および表記は、適宜改めた。
  • 領主は、『八潮市史 通史編1』第3編第1章第2節を参考にした。
  • 家数・人口は、文政12年(1829年)改。家数は、などを含まない軒数。
村名 よみ 領主 石高(村高) 高請地反別 家数 人口 備考
八條村 はちじょう 山本大膳(代官) 1,429.852石 171町3反7畝〔せ〕29歩〔ぶ〕 166軒 856人 ほかに西勝院朱印地15石・大経寺朱印地7石 
鶴ケ曽根村 つるがそね 山本大膳 835.036石 96町8反4畝23歩 75軒 372人
小作田村 こさくだ 山本大膳 322.786石 40町5反2畝27歩 41軒 223人
松之木村 まつのき 山本大膳 175.929石 21町5反20歩 21軒 130人
伊草村 いぐさ 山本大膳 258.74石 30町3反1歩 30軒 209人
二町目村 にちょうめ 山本大膳 320.854石 46町6反4畝28歩半 61軒 297人
深川霊雲院(朱印地) 184.171石 26町4反9畝25歩半 19軒 129人
505.025石 73町1反4畝24歩 80軒 426人
木曽根村 きぞね 山本大膳 693.005石 98町4反3畝22歩 85軒 485人
川崎村 かわさき 山本大膳 458.899石 68町5反8畝13歩 52軒 258人
伊勢野村 いせの 森川下総守〔しもうさのかみ〕(旗本) 188.768石 31町6畝25歩 34軒 185人
山本大膳 - - - - 無高の御用御立野5畝15歩
188.768石 31町6畝25歩 34軒 185人
大瀬村 おおぜ 森川下総守 530.4644石 79町1畝27歩 76軒 395人
古新田 こしんでん 森川下総守 302.748石 40町4反9畝10歩 45軒 227人
垳村 がけ 森川下総守 204.4377石 27町8畝 22軒 83人
山本大膳 0.48石 8畝 - - 本所上水古堀跡新田
204.9177石 27町1反6畝 22軒 83人
上馬場村 かみばんば 山本大膳 212.964石 25町7反1畝18歩 26軒 130人 作右衛門新田を含む
中馬場村 なかばんば 山本大膳 15.804石 2町9反5畝18歩 2軒 18人
森川下総守 8.535石 1町8反9畝24歩 - -
森川主水〔もんど〕(旗本) 90.214石 19町5反2畝18歩 22軒 121人
幸田末次郎(旗本) 150石 20町3反7畝19歩 23軒 119人
264.553石 44町7反5畝19歩 47軒 258人
大原村 だいばら 森川下総守 255.738石 40町7反2畝7歩 46軒 260人
森川主水 40.588石 6町6反8畝8歩 8軒 56人
山本大膳 3.103石 5反6歩 - - 上水跡新田
299.429石 47町9反21歩 54軒 316人
大曽根村 おおそね 森川下総守 592.025石 87町2反26歩 82軒 454人
山本大膳 10.942石 2町8反5畝9歩 5軒 34人 新田(平次右衛門組権兵衛組・上水跡)
602.967石 90町6畝5歩 87軒 488人
浮塚村 うきづか 森川主水 269.198石 38町5反4畝19歩 42軒 232人
山本大膳 0.414石 1反4畝24歩 - - 元御立野跡新田
269.612石 38町6反9畝13歩 42軒 232人
西袋村 にしぶくろ 山本大膳 240.951石 53町9反8畝6歩 55軒 336人 新田平次右衛門組を含む
柳之宮村 やなぎのみや 山本大膳 104.369石 17町7畝15歩 17軒 112人
後谷村 うしろや 山本大膳 277.201石 42町2反1畝2歩 24軒 162人
8,178.2161石 1,138町8反7畝20歩 1,079軒 5,883人 ほかに西勝院・大経寺朱印地22石
平均 408.9108石 56町9反4畝余 54軒 294人
※反別(面積)の単位は、1町=10反=100畝=3,000歩(坪)=約99.17アール(9,917平方メートル)、1歩=6尺(1間)平方=約3.306平方メートル。

名主の一覧表(市域20か村、「八条領村鑑」)

 こちら

領主・石高・家数・人口・名主の一覧表(八條領35か村、「八条領村鑑」)

 こちら(PDF)

村名表記・石高変遷表(市域20か村と立野堀村)

 こちら(PDF) 

村名・小名(市域20か村、『新編武蔵風土記稿』)の一覧表

 こちら

石高・人口のグラフ

※その他のグラフは「石高」「人口」参照

八潮市立資料館常設展示の近世

下記参照

参考文献・ウェブサイト

八潮市立資料館の刊行物など

  • その他の刊行物
    • 教育総務部文化財保護課企画・編集『八潮市の文化財ガイド』(八潮市教育委員会、2009年) 3~4ページ
    • 教育総務部文化財保護課企画・編集『八潮市の文化財ガイド』(八潮市教育委員会、2019年) 3~4ページ
  • 資料館収蔵文書
    • 複製資料所蔵 西袋小澤平吉家文書97(CH1271)

その他

関連項目

☆このページの令和6年(2024年)1月16日版はこちら
☆このページの平成24年(2012年)3月26日版(初版、「近世」)はこちら
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